スリットの庭 -秘めたる内庭
この建築の真髄は、内庭にある。
敷地は、京都・伏見、墨染町。東福寺より南へ下った由緒深い小さな町である。
この建築は町のなだらかな坂道に、南を面して建つ。
5階建ての集合住宅である。1階は、内庭の前と奥に2つのテナント店鋪が入る。
2〜4階の各階に、4つの住居。5階に2つの住居がある。
日本の住宅は土地が狭く、狭い土地が狭い道に接している。歴史ある町のなかでも、その道がそのまま幹線となり、車の輸送路と化し、町の住人が生きる喜びを分かちあう場所ではなくなっている。
だから、私たちの建築は、住人が、その生活の“大事”を、住み場所の内に守るという形をとることが多い。
内に“空や地面や光”を守る。
その場合、大事な場所へ到る、道の在り方が問われる。
自分の美しい人生は、町とともに運命づけられている。
そして、人が外なるものと接する初めての場所は道である。
だから、私たちは道の形を、町の歴史や、施主の生き方や、町の住人の存在の仕方に合致させる。
そうしてできた形を、建築の住人が、これが自分の美しい人生の在り方であると宣言する。
私たちは、内庭のある建築をつくった。この内庭が、京都の町における〈人と町と道〉の形の在り方を再定義する。
この内庭は、寺の境内へ出たときのようである。
寺の境内とは、庭なのか? エントランスなのか? 実なのか、虚なのか、わからない。
虚は実の否定態として在るのか、実を含む虚として在るのか?
そういう感覚を絶した場所を、狭い土地で、縦に積まれる集合住宅に、ぽっかり“あけた”。
それが、これまでにない。
この内庭が、単なる吹抜けという一般的意味とは違う、象徴的な意味をもっていることを次の順番で明らかにしよう。
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内庭の仕掛け
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内庭の形
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桜をくぐる道
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内庭の意義
内庭の仕掛け
この内庭の仕掛けを整理すると、
1.庭という“隠れた場所”のほうが、表通りより“明るい”という逆転のバランスがある。
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隠れた場所 ≠ 暗い → 明るい
2.町と建築、大通りと小さな道、部屋の内と外、それらの明暗を砕きまぜる。
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内なる場所 ≠ 暗い → 明るい
3.建築全体から見ると“内”であるものが、1つ1つの住居から見ると“外”である。集合住宅のなかに、個々の住居という、閉じて、孤立したものとは全く別の、異質の“内”がある。
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内外を砕きまぜる(混淆) → 明るい
その明るさのなかに、空と地面と光が、入っている!
内庭の形
私たちは、建築の真中、土地の中央に、7×5.5メートル、高さ15メートルの筒状の内庭をあけた。
表通りからぐっと引き込んだ場所を空洞とし、空と地面と光を切りとった。
4つの四角い壁を11本の曲線のスリット(細い窓)がうねる。螺旋状にうねり上がる曲線の動きは、1つの曲線の夢となって、自己の部屋と青空と星とがひとつづきである、別の夢を、住人に見せる。
細い窓による視界の遮蔽が、そのなかのひそやかさを、そっと守りつつ。
奥の2つの部屋は、L字とL字で内庭を挟む。曲線のスリットに、内庭という存在をいつも身近に感じながら生きていられる。
高い壁は、太陽が一番低い冬至の日の角度で斜めに切っている。真冬でも住居のなかによく光が入る。
そして、空に閉鎖感はない。
桜をくぐる道
この内庭は、外壁の桜を“くぐって”入る。その桜は“墨染桜”と言う。「墨染」はこの町の名である。
1200年前の伝説に由来する。ある人の死を悼んで歌を歌うと、桜が、薄い墨色の花を咲かせたという。
桜をくぐる道は別世界に入る。トンネルを抜けると内庭がふうっと現れる。外壁は桜の門である。
桜をくぐる道は、内庭を超えて、奥の小道へ抜け、そこからまた、別の通りへ抜ける。
この土地の使い方が、京都の都市構造を引き継いでいる。住人は、内庭を垣間見ながら、各家に入る。
内庭の意義
京都の土地は、道に接する“間口”が狭い。奥へ細長い。日のよく入る部屋が多くとれない。
しかし、この内庭が、光を奥に入れ、細長い土地にも、日のよくあたる住居を実現する。
ただ、小さな土地を買収して大きな土地とし、広い床面積をとることや、新しい区画や歩道や広場を拡張することが、必ずしも優れた建築を生むことにはならない。
そういう拡張とは反対に、この建築は、町の狭い道に、密やかな、隠れたる場所をふうっとひらく、そういう構造である。
少しだけ閉じた、他見を避けたところを聖なるところとする、その場所で、人の精神は充分に遊ぶ。
そういう場所を、建築の“内”につくったのだ。
建築データ:「スリットの庭」
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所在地:京都市伏見区
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敷地面積:440.12平方メートル
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建築面積:203.80平方メートル
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延床面積:992.94平方メートル
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構造:鉄筋コンクリート造
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規模:地上5階
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用途:共同住宅、テナント店舗
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構造設計:北條建築構造研究所
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施工:株式会社 桑原
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写真:鳥村鋼一